なんでこんなに不器用なんだろう…と思ったときに

こんにちは、根本裕加です。

今日道を歩いていて、とある詩を思い出しました。
そして、その頃の自分の気持ちもまざまざと思い出して
歩きながら、ちょっとタイムスリップした気分になりました。

*      *       *

私は20代のころ
仕事にすごく不器用で、
すぐに落ち込んだり、悩んだりしていました。

上司のちょっとした注意に、しょげて仕事が手につかなくなったり、
抱えきれないほどの仕事があるのに人に頼めなかったり、
要領よく先に帰宅するひとが恨めしかったり。

そんなとき、
出逢ったこの詩。

———————

汲む ―Y・Yに―
茨木のり子

大人になるというのは
すれっからしになることだと
思い込んでいた少女の頃

立居振舞の美しい
発音の正確な
素敵な女のひとと会いました

そのひとは私の背のびを見すかしたように
なにげない話に言いました

初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人とも思わなくなったとき
堕落が始るのね 墜ちてゆくのを
隠そうとしても 隠せなかった人を何人も見ました

私はどきんとし
そして深く悟りました

大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
失語症 なめらかでないしぐさ
子供の悪態にさえ傷ついてしまう
頼りない生牡蠣のような感受性

それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
年老いても咲きたての薔薇  柔らかく
外にむかってひらかれるのこそ難しい

あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと……

わたくしもかつてのあの人と同じくらいの年になりました
たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそり汲むことがあるのです

———————

大人になるということは、
自分の本当に感じていることを
表現しちゃいけないのかな?
そうじゃないと社会でやっていけないのかな?
どうやったら器用に立ち回れるんだろう?

そんなふうに考えて悩んでいた私には、
「頼りない生牡蠣のような感受性」は
そのまんまでいいんだよ、というメッセージに
心が救われました。

もし、いま
かつての私と同じように感じている人がいたら、
この詩を贈りたいなと思います。

それでは、また。

根本裕加

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